夫も逝ってしまい、一人で二人の城を守ってきたつもりだったが、私の体も徐々に言うことを聞かなくなってきた。ヘルパーさんに定期的に来てもらっていたが、なんてことない日常生活にも手助けが必要になってきて、私は介護施設へ入居することにした。気がかりなのは…

この投稿は、弊社への遺品整理業務のご依頼者様のプライバシーを保護するために、ご依頼の内容を個人が特定できないように物語の形式でお伝えしています。文章自体は創作ですが、ご依頼の背景にある状況は実際の複数のケースを元にしています。
さて、どうしたもんかね
自宅にて…
受話器を置いてから、溜息とともに呟く。
ぼんやりと視界に映っているのは、見慣れた景色だった。
もう何十年も、毎日見続けた景色-いや、この身を置いてきた景色だ。
子どもに恵まれないということが分かり、思い切って購入したマンション。
ここで、夫と二人で沢山の思い出を紡いできた。
その夫も逝ってしまい、一人で二人の城を守ってきたつもりだったが、私の体も徐々に言うことを聞かなくなってきた。
ヘルパーさんに定期的に来てもらっていたが、なんてことない日常生活にも手助けが必要になってきて、私は介護施設へ入居することにした。
つい先ほどまで、担当者と電話で話をして入居日と迎えの時間を決めたところだった。
入居日は決まったものの、私には問題が山積みだった。

不用品をご一緒に分別致します
介護施設、老人ホームへのご入居による
ご自宅の家財の処分をお手伝い致します
***
心配ごとは…
家のことだ。
何十年もの生活の軌跡が詰まった家には、思い出だけでなくモノも溢れていた。
施設に持っていけるものは限られている。まさか、この家のものを全て持ち込むわけにはいかなかった。
それに、購入したマンションをどうやって手放したらいいのかも分からず、私は途方に暮れていた。
権利は夫から私に移っているはずだが、売却すべきなのか、介護施設に入った後はどうなるのか、てんで分からなかった。役所に相談に行かないと、と思っていた。
「こういう時に、子どもがいれば頼りになったのかね」
誰に言うともなく、独りごちる。
夫と二人で過ごしてきた時間は幸せそのもので、人生に一片の悔い無しと胸を張って言える。しかし、頼れる人がいないというのは、こうも心細いものなのか、と軽く打ちのめされた。
***
インターネット…
私はその晩、夜な夜なネットで調べものをしていた。
仕事でパソコンやインターネットを使っていたので、ネット検索はお手の物だった。
「家 片付け」
「施設入居 家 売却」
「施設入居 身辺整理」
「生前整理」
などの言葉で検索していくと、さまざまなサービスがヒットした。
ひとつずつ見ていく中で
『ただの片づけではなく心の整理作業』
という言葉に吸い寄せられた。
MINDという遺品整理や生前整理の会社のホームページだった。
「心の整理作業、か……」
なぜか温かい響きを感じて、すみずみまでホームページを読み込む。
依頼者に寄り添ってくれそうな、誠実そうな業者さんだな、という印象だった。
まずは問い合わせて、どんな対応なのか確認してみよう。
そう思い、電話をかけてみた。
***
問い合わせ…
『お電話ありがとうございます。MINDでございます』
受話器の向こうのスタッフさんの声は、落ち着いた温かい雰囲気で、どこかほっとするような気分になった。
「東京のマンションでひとり暮らしをしているんですが、この度施設への入居が決まりましてね」
『ご自宅のお片付けのご相談で、お間違いないでしょうか』
「ええ、そうですね。生前整理ってところかしら」
『かしこまりました。ご自宅のことについて、少し伺ってもよろしいでしょうか』
スタッフさんは、家の場所や広さ、日程の希望などを細かく聞いてくれた。
普段あまり人と話さない私は、つい饒舌に色々と喋ってしまった。
「子どもがいないもんで、この家も売り払おうと思っているんだけど、これだってどうしたもんか……」
何気なくそんなことを言うと、
『それでしたら、弊社ではおうちの売却に関しても相談を承っていますが、ついでと言っては何ですが、よろしければお手伝いいたしましょうか?』
と提案してくれた。
「あら、そうなの!? それは助かります。ぜひお願いしたいです」
スタッフさんの丁寧な物腰と、親切な案内で、私はひとまず訪問見積りをお願いした。
***
見積もり当日…
我が家にやって来たスタッフさんは、体が思うように動かせない私を始終気遣ってくれた。
家具の確認をする際には体を支えてくれたし、何を持っていきたくて何を処分したいのかという話も丁寧に聞いてくれた。
「わっ! これはすごいですね~」
スタッフさんがそう言ったのは、夫が長年かけてコツコツ集めてきた趣味のコレクションだった。夫は何かと収集するのが好きで、旅行先の外貨や、記念切手、年季の入った玩具などを集めて飾っては喜んでいた。
「博物館みたいですね」
目を輝かせるスタッフさんに、私は苦笑いした。
「お好きですか? 主人が生前に集めていたもので、私からしたらしょうもないものばかりなんだけれど、どうしても自分の手で処分できなくて……」
「ご主人様の記憶や思い出が宿っているんですね。こうやって綺麗な状態で保管してもらって、ご主人様もきっと喜んでいますよ」
「まぁ、でも、これは流石に持っていけないから処分するしかないですよね」
「処分なんてもったいないです! このコレクションは価値がありますから、売れますよ」
「え……?」
「新しい持ち主さんに引き取ってもらって、この子たちにも第二の人生を歩んでもらいませんか? 買い取らせていただいた金額は、お片付けのお金と相殺してお値引きさせていただきますので」
「そんなことができるんですか?」
意外だった。
本当にしょうもないと思って呆れながら容認していた夫の趣味が、まさかこんなに価値あるものだったなんて。
夫の存在が消えてしまうようで、捨てられずにいたものの、施設入居でいよいよ捨てるしかないと思っていたコレクションが、こんな形で救われるとは。
スタッフさんは、その後も丁寧にヒアリングしてくれて、見積もりを出してくれた。
同時に家の売却についても説明してくれて、私は全てを任せることに決めた。
***
作業当日…
施設入居日までに家を片付けて、引き払わなければならなかったため、時間に余裕が無かった。
間に合わなかったらどうしよう……
一抹の不安が胸をよぎったが、MINDのスタッフさんに「この日までに」と希望を伝えたところ、快く希望日に片付けの予約を入れてくれた。
そして当日。
「こんにちは!」
明るい声でやって来たのは、見積もりの時に来てくれたスタッフさんだった。
「よろしくお願いいたします」
元気に挨拶してくれて、私も清々しい気持ちになる。
見積もり時と、その後の電話での打合せの通り、テキパキと家の中を片付けていく。
私も一緒に様子を見ながら「それは処分で」とか「それは持っていきたいです」とか、そんな指示を出す。
例の夫のコレクションは、大切に箱詰めされて引き取られていった。
他にも、まだ使える家電や、状態が良い家具などは買い取っていただいた。
***
思い出の品が見つかる…
家の中のものがどんどん運び出され、がらんどうになっていくのを見て、少し虚しくなる。
波打ち際で作った砂のお城が、波にさらわれていくように、夫と過ごした時間が消えていくように感じた。同時に、私自身の人生も、どこか遠くへ霞んで消えていくような錯覚に陥った。
「あの、これは、ぜひお持ちいただいた方がいいかと」
そう言ってスタッフさんが差し出したのは、小さな日記帳だった。
開くと中からハラリと写真が舞い落ちる。若かりし頃に夫と撮った写真だった。
時々気が向いた時につけていた日記。
読み返すと、そこには私の記憶が鮮やかに記録されていた。夫と出かけた旅行、夫と鑑賞した映画、夫と祝った記念日。いかに幸せだったか、楽しかったか、素直な私の心が色褪せたセピア色の紙の上で踊っていた。
「あの、これ……」
何かが差し出された。ハンカチだった。
「ありがとうございます。ごめんなさいね」
濡れた頬をぬぐって、私は照れ臭そうに微笑んだ。
「これは持っていってくださいね。コレクションが無くても、ご主人様を傍に感じられますから」
その言葉で、スッキリと片付いた部屋が、虚しいものではなく、旅立つ私の背中を押してくれるものとなった。
***
生前整理が終わって…
売却できるものの査定をしてもらうと、思っていたよりも高い金額となった。
相殺して見積もり額から値引きしてもらうことにし、費用を安く抑えられた。
後日、紹介された不動産会社とのやり取りでマンションの売却も済んだ。
これで心残りは無くなった。
施設の個室で手元に残した日記を眺めながら、そんなことを考えた。
***
MINDより…
このお話は、ご依頼者さまとのやり取りを元にわかりやすくお伝えするために作成した物語です。
ですが、実は多くのご依頼者さまとの間で本当にあったお話でもあります。
介護施設や老人ホームにご入居されるご依頼主のお住まいの片付けのご相談をよく頂きます。
私たちの仕事は、思い出を整理することだと感じる作業です。
私たちにできることでしたら、どのような事でもお力になれるように頑張ります。
ご自宅の整理、ご実家の片づけなど、お気軽にお声がけください。

よくあるご依頼…
施設への入居に伴う不用品の回収
施設に持参するものと処分するものを分別し、不用品を回収します。
骨董品やコレクション、家電製品の買取
製造から5年以内の家電は買取価格が付く場合があります。
買取金額は、費用と相殺させていただいています。

施設のご入居の場合…
施設への入居の際に、困ることは、持ち物の制限です。
それまでご自宅で所持していたものを全て持ち込むことができないため、必要最低限のものに絞り込む必要があります。
長年かけて折角貯めたコレクションも収納スペースが限られた施設には残念ながら持ち込むことができない場合が多いようです。
ご施設への入居のタイミングでコレクションの処分をされる方が多いです。
ご自身でご入居時の整理をされるお手伝いを致します。残すものはお持ちいただき、不用品は私たちが処分致します。
買取れるものがある場合は、買取金額は、費用と相殺させていただいています。
